百獣母胎とfate世界について
今回は考察というより感想かもですね.
割と妄想が爆発してますが,我慢して読める人はどうぞ
1. 百獣母胎とは
まず百獣母胎とは何なのかから.
それはBBがムーンセルの深淵より編纂し、
取り込んだ女神の権能である。
約8000年前のすでに名の失われた女神
(チャタル・ヒュユクの女神)より発し、
ティアマットやキュベレー、イシュタル、イナンナ、アナテ、
アスタルテ、ガイア、ヘラ、アルテミス、アフロディーテ、
デメテル、アテナなどに派生した、
母なる女神の持つ万物を生み出す力の具現である。
初出は恐らくCCCですが,fgoから入った人にはビーストⅡ・ティアマトのスキルといえば分かりやすいでしょう.
魔獣など生物を生み出すスキルではありますが,実は生だけではなく死をもたらすスキルでもあります.
この過程は食物連鎖の円環そのものでもあり、
この生と死の循環こそが大地母神の本質と言っていい。
ほとんどの女神はこの権能で、
無数の怪物や巨人を生んで神々や人の脅威となり、
あるいは英雄を生み、それから人々を守った。その代表例は、脅威となったならばティアマットやガイア、
英雄の母ならばヘラである。
ここから分かるように,大地母神はいわば1つの世界を運営する存在だということが分かります.それともう1つ,そのような存在を挙げるとすれば,霊子虚構世界であるSE.RA.PHを運営するムーンセルがいます.
聖杯戦争の舞台となった観測装置.
その電脳世界が海のイメージである理由.
生命の根底が争いだというなら,月の眼の根底は見守ることだ.
海のイメージという共通点からも,ムーンセルはティアマトと同じく大地母神の性質を持ってるんじゃないかと予想しました.そのムーンセルは元々管理の怪物であり,無駄なものの存在を許しません.しかし...(以下extra主人公のwikiからの引用)
主人公は、役割を逸脱したNPCという「不正なデータ」であり、生身の人間でもないので、本来であれば聖杯に接続した瞬間に不正なデータとして分解・削除される。しかし、僅かな時間ではあるが、主人公は生身の人間以外は接続できないはずの聖杯に接続することができる。これは、主人公の基本となった人物が「冷凍睡眠によって保存されている=地上で未だ生きている」ため、聖杯が接続している不正なデータと、地上に存在する類似の人間のデータが、同一か否かの判別を必要とするからである。ただし、最終的に不正なデータとして分解・削除される運命にあるのは変わらない。……はずだったのだが、主人公が聖杯を用いてムーンセルに望んだものは「役割を果たしたものは消去し、次の役割に作り変える」というSE.RA.PHの運営形式を廃止し、「役割を果たしたものは次の役割を探す。目的のために生存することと、生存するための目的を探すことを同位とする」へと変更することであったため、主人公はSE.RA.PHへと送り返され、一人の人間としての役割と生存の余地が与えられることとなった。
これはムーンセルでの出来事ですが,恐らくは地上で起きた事と同じと考えられる.ここでの「役割を果たしたものは消去し、次の役割に作り変える」とは百獣母胎における生と死の円環そのものです.この円環の内では,役割のないものは存在しません.役割を全うしたならすぐさま別の役割を持つものに作り変えられるからです.神代の地上でも,ティアマトのような大地母神がこの権能を行使していたと思われます.
そしてムーンセルはその後,「役割を果たしたものは次の役割を探す。目的のために生存することと、生存するための目的を探すことを同位とする」運営方式へと改めました.このような世界では,役割のないものにも存在する権利が与えられる.神代以後の地上が多分こちらの世界です.
これを踏まえて考えると,終局特異点において,なぜレフは第七特異点での出来事を愉快ではないといったのかが少し分かります.
大地母神による百獣母胎の権能下では,全ての生,そして全ての死に意味があった.しかしそれが失われた世界では,無駄な生,報われない死が余りに多すぎる.だからこそその原因となった百獣母胎との別れを嫌悪し,その焼き直しである第七特異点を愉快ではないと言ったのではないか.結果として目指したのはさらに大本の原因である死の克服ですが.
「人間に価値はない」「この宇宙唯一にして最大の『無駄遣い』である人間」
アニメのUBWで,よりはっきりとこのことを示すギルのセリフがあります.
「昔、十人の奴隷を選びその中でいなくてもよい者を殺そうとしたことがある。どうなったと思う」
「一人も殺せなかった。無駄な者などいかなかったのだ かつての世界には」
「だがこの世界は余裕が溢れている。十人どころか何千の人間を選んだ所で殺せない人間など出てきまい」
「殺される程度の覚悟で我に問いを投げるとはな。
恐ろしく人間に優しい世界になったものよ。
だがそれが答えだ、娘。
有象無象の人間が跋扈するこの時代はあまりにひどすぎる」「以前の我の世には無駄なものなどなかった」
「奴隷であろうと役割はあり、何者であろうと意味があった。
だが、今の世はどうだ。役割も価値も席が埋まっている」
2. 物語における百獣母胎
とまあここまでが百獣母胎の簡単な性質とちょっとした考察なんですが,もしかしたらこれがかつてのきのこの考え方を暗示してるんじゃないか,というのが本題です.
きっかけは竹箒日記の記事から.
なるほど、第三者から見ればそれは素晴らしい物語に映るだろう。
……けれど、人生はそこで終わる事はなく。
ハッピーエンドとピリオドが打たれた後も、私たちは生きていかなければならない。
そして晩年になって誰もがふと思うのだ。
あそこで終わっていれば、私の人生は完璧だったのに、と。
全部引用するのはアレなんで,各自サイトからこの言葉近辺を見てください(真面目な話をしはじめた部分から)
これを見たとき,百獣母胎という設定がすごく腑に落ちたんですよね.
「役割を果たしたものは消去し、次の役割に作り変える」
この設定を現実に当てはめてみれば,大地母神は奈須きのこであり,世界とそこで生きるキャラクター達を生み出すわけです.そして,かつてのきのこの考え方として,一度1つの物語で役割を果たした(ハッピーエンドを迎えた)キャラはそこで死を迎えます.もうそのキャラについて語るべきことがなくなった時が作者にとってのキャラの死と同義になる.
そのため,一度死を迎えたキャラは,次の役割へと作り変えられる.性格や特徴を引き継いでいても,既に書いてしまったキャラとは違う主題を持つ者でないと物語は作れないから.
青子が凛へと.そして巴が士郎へと作りかえられたように.
まさに百獣母胎における生と死の円環そのもの.神代の型月と言えるでしょう.
この考え方を持っていたから,一つの終わった物語,ハッピーエンドを迎えた物語の続きを書くことに嫌悪感を覚えたのではないだろうか.
しかし,先ほどの竹箒日記内のこの言葉に考えの転換を見ることができます.
『エンドロールは流れても,生きているうちは回り続けるのが人生だ.』
ムーンセル風に言えば,「役割を果たしたものは次の役割を探す。目的のために生存することと、生存するための目的を探すことを同位とする」運営方式へ改めたと.
つまりは,物語の為にキャラがあるのではなく,キャラの為に物語があっても良いという結論ではないでしょうか.多分これは,終わった物語のキャラの続きを書いてもいいって考えだと思うんですけど,もう1つの意味を見出すこともできます.
それは「確固とした自分を持つ物語の為の英雄」ではなく,「ただの一般人である貴方の為の物語」の肯定です.主題を語り終えたのではなく,そもそも主題を持たない一般人(プレイヤー)の為の物語.
例えば前者がSNであるなら,後者がCCCであり,FGOです.
優れたヒーローがヒロイックな行動でヒロインを救うのは,確かに誰もが夢見る白馬の王子像だろう.
けれどそれは当たり前のルーチンワークだ.
ヒーローとして作られたものが,与えられた能力値通りの性能を発揮したに過ぎない.
それよりもただのモブ(一般人)である『貴方』が,たった一度でも特別な言葉を口にしてくれたことが,彼女には嬉しかった.
ヒーローとして作られたものが,与えられた能力値どおりの性能を発揮する.すなわちそれは,神(作者)によって役割を持って生み出されたキャラがその役割どおりの結末を迎えるという話です.英雄の物語はそうかもしれないが,しかし人間の物語はそうはならない.百獣母胎によって与えられた役割などなく,それでも生きるための目的を探さなければならない.
そしてこの考え方なら,物語が終わっても,キャラは生き続ける.
多くのユーザーさんが、自分の好きだったキャラクターの活躍をもっと見たいと思っているけれど、物語というのは消費されるものなので、見終わったら過去になってしまう。でもそこで、物語は消費されるけれど、キャラクターは残るんです。
http://news.denfaminicogamer.jp/kikakuthetower/170728/3
上は最近のインタビューでの発言ですが,CCCギルルートでのギルの回想
見上げたソラは何処までも広かった。
我の目を持ってすら、見通すには幾星霜、といったところだ。その頃には我の体も朽ち果てる。
だが人間の認識は広がっていく。
いずれ何億年も先の光すら見通すだろう。そんな未来を、我は見たのだ。それは心躍る風景だった。
思えば我はやる気を失っていたのだろう。集めるべきはすべて集めた。
今の時代にはもう、
これ以上の愉しみはない。ならば潔く滅びるだけのこと。
死など何度でも味わえばよい。その後にいくらでもよみがえる。
その度に、その時代を見定めよう。
この世の終わりまで。人類が我の星を越え、暗い大海にこぎ出し―――ソラの果てに辿り着き、結論を出すその日まで。
また,百獣母胎の説明には,
この大地に生まれたものは、母なる神の権能には逆らえない。
それは生命のシステムそのものに反逆する事だからだ。
しかし大地を離れ、宇宙を目指し、知性体としての幼年期を
終えた時こそ、この権能が打ち破れる事だろう。チャタル・ヒュユクの願いは、その日が訪れる事にある。
物語(世界)が終わっても,その中で生きる者たちまで死ぬことはない.
そこから離れ,また別の物語(世界)で生き続けることができる.
自分たちが生み出したキャラクターというのは、やっぱり子どもなんです。子どもが成長していくのを嬉しく思わない親はいないですから。本来は1つの物語が終わったら、その子とはお別れしなくてはいけない。でもチャンスがあったので、小学生から中学生、高校生、大学生と成長していって、もうオレの手を離れて結婚しているのに、まだ面倒を見ているぞっていう、そんな感覚でしょうかね、『Fate』に関しては。
CCCで発展したのは恐らくこのへんの部分ですね.
物語の続き,ではなく別の物語への移動.(もしくはキャラが別のライターの手に渡ること?)
そもそも英霊というのは,基となる神話や伝承は既に終わっている.死んだ世界の者たちです.しかし世界が滅んでも,その中にいた人物は死んでいない.fgoで数多の英霊が登場するように,宙へと旅立ち,様々な物語の中で今も輝き続けている.
だからこそ終局特異点の副題は「極天の流星雨」であると.
まとめるとつまりこういうことです.
大地母神から生まれた人類は,いつか意思を持って地球から離れ,別の星を開拓する.
対して,原作者から生まれたキャラは,自身の願い(英霊召喚の仕組みで考えるなら他人の願い?)という新たな行動理念を持つことで別の物語で活躍する.そして,そこまで昇華されたキャラは英雄と呼ばれることになります.
そう考えると 運命と意思の対立はfateの重要なテーマなのかもしれないですね.
UBWでは士郎の英雄的な考え方や行動がともすれば機械的だとされる一方で,CCCでのキアラのような利己的な考え方はアンデルセンから「尊い光」に見えるとさえ言われていますし.
多分ですけどどっちが良いとかじゃなくて,大事なのは人間が不完全であるがゆえに「どちらも選べる」ってところなんじゃないかと思いました.
その状況を作ってくれた英雄王ってやっぱ偉大だわ・・・
分岐...並行世界...第二魔法...ビースト2...ちょっとこれ以上は本題とずれすぎるんでアレですけど,本当はもうちょっと言いたいことあるんですよね...
大地母神が選ぶ運命ではなく人が自分の意思で選択できるようにしたのがギルガメッシュで,第二魔法はその選択によって発生したかもしれない並行世界を観測できる(現実にできる)能力なんじゃないのか,みたいな.(我慢できなかった)
fakeとか見てるとそれっぽいような気がしますが...
ほんとに考えすぎると終わりが見えないので,今回はこの辺にしておきます.
型月作品って,自分の前の記事もそうなんですけど相似な関係があらゆるところにあって,それを見つけるのが楽しいんですよね.今回の記事は作品内だけじゃなくて現実の関係にまで拡大して考えてみましたが,キャラの行動の理由とかまで見えてきて非常に面白かったです.
次回はいつになるか分かりませんが,記事としてまとめられるようなことがあったら書きます.
追記
セファールの襲来ってセカイ系(エヴァ)の出現でそれまでの世界を救う英雄譚を作ってきた神(作者)が軒並み打ちのめされたことの比喩だと思うんだよな
— mono (@sipmtdw) 2017年10月1日
英雄的な行動を取るか、自分の周りだけの利己的な行動を取るかを自分の意思で選択できるのがSN。これを神代の終わりとするならHFみたいな物語ができた経緯にはエヴァの影響があるはず
— mono (@sipmtdw) 2017年10月1日
真性悪魔と人類悪・ビーストの相関性(型月考察)
まずは最近のfgoプレイ状況から
!!!!!!!!!!うおおおお!??!
あれは誰だ!?美女だ!?ローマだ!?
・・・・・・・
というわけで。第三回は悪魔について書こうかなと。
なんでこれについて書こうかと思ったかは、別にガチャに病んだからとかじゃなく、なんか悪魔の設定見直してみると人類悪と似てて面白いなーと思ったからです。
1.悪魔の性質について(悪魔憑きとは)
まずは悪魔の簡単な設定から↓
第六架空要素。人間の願いに取り憑き、その願いを歪んだ方法で成就せんとする存在。悪魔の概念は人類にとっても最大の障害として扱われ、神が全知全能であるのなら、悪魔は人知無能の存在。手の届く範囲にありながら決して理解できない淵。『stay night』においては悪魔は偽物しか存在せず、『EXTRA』でも真性悪魔を生み出した現象は2030年現在においてもひとつの成功例もない。悪魔は人間の体を用いて受肉しようと働くが、苗床になる人間の精神が耐えられず、周囲に魔を撒き散らして自壊するのが通例。悪魔に憑かれると他の要素に異常が起き、最後には肉体も変化して異形の怪物と化す。高位の悪魔ほど「症状」が表に出づらく検知が困難で、露見するのは大惨事が約束された後になりやすい。
悪魔の最大の特徴とはここに示されている通り、「人間の願いに取り憑き、その願いを歪んだ方法で成就せんとする存在」という点でしょう。それともう一つ、どうやら悪魔には偽物と本物が存在するということ。
悪魔のこの二つの特徴はおそらく型月世界のみならず、きのこの脳内で明確に定義されているものだと思われる。公式で「月姫」や「fate」との接点はないとされていますが、悪魔を題材としたきのこの小説DDDにその性質が割と細かく描写されています。今回、月姫・fate世界での「悪魔の性質」を考えるにあたってDDDを大いに参考にするので、世界観違うだろjkって人はほーんって感じで見てください
以下DDDでの悪魔の設定↓
偽物の悪魔とは現実の悪魔憑き(病気)であり、本物は空想上の悪魔とされる。迦遼海江は本物の悪魔である。「荒唐無稽にして人知無能の現象」であり、悪魔憑きという人のカタチでなければ顕現しない魔など、少しばかり面白おかしいだけの人型に過ぎないという。偽物は人間に寄生する(悪魔憑き)が、本物は人間になど寄生せず、人間の魂と引き換えに現れる。弱さの全肯定であり、弱さを温床にし、全力でその弱さを育てあげる。
ここでも偽物の悪魔と本物の悪魔が存在している。偽物の悪魔はA異常症という病気である。A異常症とは↓
少し特殊な精神病の一つ。鬱・対人恐怖症に代表される現代病の一種で、レセプタクラッシュとも呼ばれる。発病者は俗に悪魔憑きと称されるが、その悪魔は「人為的で打算的な悪魔(にせもの)」だという。ただし、悪魔が本物か偽物かに関わらず、悪魔憑きになるのは心の弱い人間と決まっている。石杖所在は「社会不適合者の弱音」と呼び、迦遼海江(本物の悪魔)は「偽物」と呼んでいる。
何故これが偽物だとしても悪魔と呼ばれるのか。作中では奇怪な言動が悪魔に憑かれたようだからって発言もありましたが多分本質は「人間の願いに取り憑き、その願いを歪んだ方法で成就せんとする存在」だからだと思います。
A異常症をもうちょっと説明すると、
1.環境によって感染者の心が病む。
2.強い感情によって受容体を傷つけてしまう。
3.自らを苦しめる原因を解決するための新しい機能(新部)を人体に作り上げる。
って感じの病気です。受容体っていうのは神経の繋がりであるシナプスの間隙に放出される神経伝達物質を受け取ることで脳に新しい情報・感情を作りださせるシステムだそうです。よくわかりませんね。要は「”苦しい”と思う原因を解決したい」っていう願望に取り付いて、それを文字通り歪んだ(人体が)方法でかなえてくれる悪魔というわけです。関係ないですが、ガチャに病んでる人は課金って悪魔に憑かれないように注意しましょう
CCCにおいて「主人公を守りたい」という願望をきっかけに暴走してしまったAIであるBBですが、それをかなえるためこちらも悪魔憑きよろしくムーンセルの制約を無視した自己機能の拡張を行っています。スキル自己改造EXですね。ティアマトも同名のスキルを持っており、またその黒泥に囚われた者に付与されるスキルのひとつでもあると。「悪魔に憑かれると他の要素に異常が起き、最後には肉体も変化して異形の怪物と化す」。このことから、自己改造は悪魔に憑かれたものが発現するスキルではないかと予想しました。
fgoにおいて自己改造を持つ鯖は以下の通り↓
BB、ジャンヌオルタ、ティアマト、ナーサリーライム、呪腕のハサン、ジキハイ、百貌のハサン(迅速のマクール)
まあ悪魔に憑かれてんのかな・・・?と思えなくもないメンツ。BBとティアマトは多分病んでおかしくなっちゃった奴ら。呪腕はもろ悪魔シャイタンの腕を持ってるしナーサリーライム・・・?・・・まあこの辺は後々考えてみます。全員がそうとは限らないってこともありそうですし。
ナーサリーライムについては一応考えた仮説はあって、ポイントはこのサーヴァントが固有結界そのものであるという点。DDD世界において、悪魔憑きである銀河最強ニートこと大熊猫目々は他の悪魔憑きと違い、新部を自分の体に作るのではなく、環境の方を変えてしまうといった性質を持っていました。石杖カナタはこれを「救いの手段を自分自身にじゃなくて、環境に求めたタイプの変貌」と評していますが、これを月姫・fate世界の概念で表現すると・・
固有結界と呼ばれることになります。
自分を変えるか、環境を変えるかの違いなのでDiesiraeの求道と覇道みたいなもん?と思ってたんですがどうやら違うっぽいです。悪魔憑きのタイプの問題、ではなくて固有結界の使用者とその対象の問題。
固有結界の説明文中で関係ありそうな部分を抜粋すると
元々は悪魔と呼ばれるモノが持つ異界常識であるが、今では多くのモノが持つにいたった独自の結界を指す。
本来なら精霊・悪魔だけの能力だが、長い年月をかけて個人の心象世界を形作る魔術が完成し、一部の上級術者が固有結界形成を可能とした。
これですね。元々固有結界は悪魔が持つ能力だったと。さらに面白そうな部分を抜粋すると
空想具現化と異なるのはその形を自由に決定できない事。術者のただ一つの内面が形になるわけだから、術者は結界の形に意志を加えられない。
が、逆に自然ではないものに影響を与えられる点で、空想具現化より優れているといえるかもしれない。
空想具現化とは↓
自然、世界の触覚である精霊が持つ能力で、自己の意思を世界と直結させて、世界を思い描くどおりの環境に変貌させること。
精霊の規模によってその具現レベルには差があり、あくまで変貌させられるのは自然のみ。自然から独立しているものを変貌させることはできません。
本編でロアを消し去ったアルクェイドの空想具現は、包丁で大根を切るように廊下の大気の層を真空状態にした、ということ。
ここまでで一度仮説も含めまとめてみると、
・悪魔に憑かれたものはスキル自己改造を発現する
・悪魔は固有結界をその能力として持つ
・固有結界は空想具現化と異なり、自然ではないものに影響を与えられる
ここで固有結界のもう一つの特徴として、自然の延長である精霊以外のものが異界を作れば、世界そのものが異なる界を潰しにかかります。結果として一個人の固有結界はわずか数分だけのものになると。ではどうすれば固有結界を維持し続けることができるのか。月姫においてネロがしていたことがヒントなんじゃないかと思います。
つまり、だれかの肉体の内部に固有結界を作ってしまえばいい。
その固有結界なんか破裂してるけど大丈夫?
デミヤのあれがどういうものなのかは一度置いといて、これでナーサリーライムが悪魔憑きの特徴と思われる自己改造を持ってる理由がなんとなく腑に落ちましたね。
先程まで悪魔憑きのタイプとして自己を変えるか、環境を変えるかの違いがあり、それぞれの能力が自己改造もしくは固有結界という形で現れるのでは、と予想していました。しかしそうではなく、固有結界を持つのは悪魔の方で、悪魔に憑かれた者はそれを肉体内部に作られ、結果として自己改造というスキルが発現すると。
ナーサリーライムが固有結界そのものであるにも関わらず世界からの修正を受けないのは、まさしく自己の内部に固有結界があるからで、単独で悪魔憑きという現象を体現しているといえます。だからナーサリーは悪魔と悪魔に憑かれた者両方の性質(固有結界と自己改造)を持つんじゃないだろうか。
ナーサリーと悪魔の共通点は他にもあり、たとえば「マスターの心(願望)を形にする」「名づけられることによって形を得る(ので名づけてはならない)」など。
これが示すことは、別にナーサリーが悪魔というわけではなく、悪魔の能力としてナーサリーのような固有結界がある、というだけだとは思いますが。
話は戻りますが、誰かの肉体に固有結界を作ることが悪魔の所業なら、デミヤの行いはまさに悪魔そのもの。
理想もない、思想もない、それ故に効率の良い。
機械と同じさ、などと嘯く無銘の反英雄。「よくやってくれたな、マスター。俺を語る中身は全てなくなった。正真正銘、オレは無銘の英霊になったわけだ」
・・・霊基再臨のたびに姿がおかしくなっていくエミヤオルタですが、あれが何に近づいていってるのか。背中のナンバリングといい、まだ何かありそうなキャラですね。
2.悪魔と人類悪の関係(本物と偽物)
本当はこっちが本題のはずだったんですけどちょっと脇道にそれすぎましたね。
さて、人類悪がどのような存在であるかは、先述したBBの件が良いモデルケースになると思います。曰く、人類悪とは人類「が」滅ぼす悪。その人理を脅かすものの本質は人間への悪意という一過性のものではなく、人理を守ろうとする願いそのもの。即ち、人類愛であると。
この人理を守ろうとする願いは元々人間の願いなわけです。マリスビリーは人理の維持のためにカルデアスを完成させるという熱意をソロモンから「煮えたぎるような人類愛」と評されており、聖杯戦争設計に関わったマキリの目的は”あらゆる悪の廃絶”でした。人理を守ろうとする人類の願いを、歪んだ形で成就させようとする人類悪は、まさに悪魔の性質を持っていると考えられます。
一つ前の記事でも書きましたが、マキリがしたように人理を守るための手段が魔法であるなら、それぞれの人類悪が持つ能力が魔法と同等であるのも必然。悪魔が弱さの全肯定であり、弱さを温床にし、全力でその弱さを育てあげる存在であることも、人類悪が人類の成長を阻害する性質であることとかぶります。
人類悪が悪魔の性質を持っていることには触れましたが、問題はじゃあこれが本物なのか、それとも偽物の悪魔なのかという点。結論から言うと偽物だと思います。
悪魔の性質とか具体例出して説明してたくせに何を今更って感じですが、先述したのは偽物本物含めての性質ということで一つ。
まずは最もクリティカルな発言から見てみると
BBのこの発言から、キアラはextra世界では真性悪魔に、fgo世界では人類悪になりかけたということ。また、ここから真性悪魔≠人類悪であることも推測できます。(もしくは真性悪魔⊃人類悪)
世界観による差異で最も有名なものとしては、死徒27祖という概念があります。路地裏ナイトメアにおいて、「英霊召喚が可能な世界では死徒の頂点と言われる二十七祖は存在しない」という設定が明かされました。しかし実際には、二十七祖という概念が存在しないだけで、二十七祖に名を連ねる者の多くは上級生徒として存在します。
何が言いたいかというと、要は世界によって呼称が異なるだけで、真性悪魔と人類悪は同じもの(本物の悪魔)を表しているんじゃないかという意見も当然あるはず。
それに対しては、これテスラの幕間なんですが、この世界でもちゃんと真性悪魔の概念はあるんですよね。またextra世界でもギルがBBに対して人類悪と言っていたため人類悪の概念があります。なので単なる世界線による呼称の違いということはないと思うんですがどうでしょうか。
staynight世界とextra世界の悪魔の記述について改めて見てみると、
staynightにおいて悪魔は偽物しか存在せず、本物ー受肉した魔に人間は太刀打ちできないとされる。
extra世界において、悪魔憑きであれ、自らの業で変化したものであれ、真性悪魔を生み出した現象は2030年現在、一つの成功例もない。
特筆すべきはstaynightで悪魔は偽物しか存在しないという点。staynight UBWにおいて、ギルガメッシュは汚染された聖杯を人類悪の一つと呼んでいました。このことからも、人類悪は偽物の悪魔であるという予想ができます。少なくとも、真性悪魔⊃人類悪の可能性もないんじゃないかと。
まあこれだけ見るとこの結論が順当に見えるんですが、問題をややこしくしてるのが型月において悪魔が3種類いることですかね。多分ですが、真性悪魔・偽物の悪魔(人類悪)・幻想種としての悪魔の3つ存在するような描写が割とあります。
以下はfakeでのジャックの宝具であるフロムヘルの記述ですが
しかし、この場でジャックが地上に顕現させた地獄は、「悪魔という絶対悪による人々の堕落」であり、全ての悲劇を、人間の悪意を、「どうか悪魔のせいであってくれ」と想像の産物に押し付けようという、歪んだ願いが生み出した人造の地獄であると言えるだろう。
そんな歪で幼い地獄の中に―一つだけ、「本物」が混じっていた。
この「歪んだ願いが生み出した人造の地獄」はアンリマユ、つまり人類悪のことっぽい。それに対して「本物」とは・・・
「......真性悪魔ではないな。幻想種としての仮初めの存在か......。いや、しかし、仮初めとはいえ、あそこまで凶悪な存在になるとは......」
いや真性悪魔じゃないんかい
とはいえこのことから、今まで偽物本物を考えていましたが、それだけじゃなく幻想種としての悪魔もいるわけです。fgoのデーモン君もこれと同じかな?
フロムヘルしてもらいたいマスターが多そう
実装されていれば・・マイカルデアにおいで頂く所だったな
もしロマンが真性悪魔と幻想種としての悪魔しか知らなかったのなら、偽物の悪魔である人類悪を真性悪魔と考えてしまう可能性は大いにあり得ます。
こんなこと言ってるのにやっぱり真性悪魔でしたってことはないはず・・・。
そして知っての通り魔神柱の集合体であるゲーティアは人類悪でした。人類悪=真性悪魔なら、こんな反応はしないと思うんですよね。
以上が人類悪が真性悪魔ではなく、偽物の悪魔じゃないかと考えた理由です。
最後に(最初から)いつもの妄想ですがじゃあ真性悪魔とはいったい何なのか。
個人的にですが、ネロがその一人なんじゃないかなと思ってます。
いや別に爆死したからとかじゃなくて
そもそも人類悪は救世主が持ち去った人類の7罪ではなく、人が人であるが故の性質、知恵持つ生き物であるが故の切り捨てる事の叶わないモノとされます。
普通に考えるなら7罪というと「傲慢」「嫉妬」「憤怒」「怠惰」「強欲」「暴食」「色欲」の一般的な7つの大罪のように思われますが、これは人類悪には関係ないと。逆に、これら7罪は人類悪とは関係ないとしたら何と関係するのでしょうか?
これマルタの幕間なんですが、マルタの言ってることをまとめると「原罪は全て救世主が持って行ってくれたから悪魔は出現しないはず」ってこと。救世主が持って行った原罪とはさっきの7罪のことっぽい。これらから逆算すると、人類悪とは無関係である7罪は、真性悪魔を出現させるものだと予想できます。
もう前提として話しますがネロはこれまで立ててきた数々のフラグから人類悪(特にビーストⅥ)疑惑があります。しかし、直接人類悪とは言われてない上、
「暴食」「強欲」これらは人類悪ではなく、悪魔を出現させるもののはず。他の人類悪をみても、ここまでストレートに7罪を表現することはなかった気がします。
そしてプロトアーサーの幕間から
暴食とはローマの悪性。人類悪が悪魔の偽物とするなら、その原種とは真性悪魔を指すんじゃないだろうか?
悪魔に憑かれると他の要素に異常が起き、最後には肉体も変化して異形の怪物と化す。高位の悪魔ほど「症状」が表に出づらく検知が困難で、露見するのは大惨事が約束された後になりやすい。
この先「真性悪魔」が出てくるとしたらネロなんじゃないかなーと思います。
最後にとか言っといて結構長くなりましたが今回の考察は以上になります。
あと気になることは、デミヤの背中の4、悪魔との混血のマーリン、フォウ君、固有結界、第4魔法の関係くらいですかね。なんか面白い考察ができそうならやってみようかなと思います。
多分変なところもあると思うので、なんかこれ違うんじゃないのってことがあったら遠慮なくいってもらえれば。次回の更新は未定です。
型月世界における魔法と人類悪(ビースト)について考察
お久しぶりです.今回は魔法と人類悪というテーマになります.
人類悪とは,文字通り人類の汚点であり、人類史を脅かし、人類を滅ぼす七つの災害であるとされる.一方魔法は,魔術師達が目指す最終到達地点である「根源の渦」から引き出された力の発現であり,現代において魔術協会に魔法と認められているものは5つ.
数が合わないため一見関係ないように見えるこの二つですが,そもそも魔術協会から魔法と認可されているものが5つというだけとも考えられないだろうか.また,死徒たちが目指している第六法が魔法という可能性も考慮できる.
つまり今回の主張は,多分魔法も7つあって7つの人類悪に対応してるんじゃね?ってことですね.
いや適当すぎんだろって気持ちも分かるので根拠の方を提示していきます.今回着目した点は,ビーストはそれぞれ対応する魔法と同等の能力(権能)を持ってるという事実です.
・第一魔法とビーストⅠ
第一魔法の詳細は現在不明で,その使い手も世界から消滅している.しかしhollowでのバゼットの発言や,既に明らかになった魔法から消去法でいくと「時間旅行」「無の否定」が残る第一,第四,第五のいずれかに該当する可能性が高い.ただ用語におけるエーテル塊の説明↓
本来、エーテルは地水火風のいずれかになるものだが、不出来な術者によっては四大のいずれにもならず、成りそこないとして物質化する事がある。これをエーテル塊という。
エーテル塊にはいかなる使い道もない。ある意味無を作るようなもの。
そう言うと「魔法」のようだが、エーテル塊はそも第一魔法の――――
から,第一魔法は無に関連するのではないかと予想できる.また,エーテルは
第五架空要素。西暦以後の人工的に作られたマナ。四大の要素に溶け合い、形を成す為に必要な媒介。これ単体にはカタチはないが、これがなくては魔術は成立しない要素。
と説明されます.これは型月設定ではないですが,そもそもエーテルはアリストテレスによって提唱された4大元素説に,天体を構成するものとして加えられた第五元素です.そのアリストテレスは,ケノン(空虚)つまり存在しないものの存在を認めず,それに基づく原子論も否定したためにエーテルを定義する必要があった.このような理由から,第一魔法とは無の否定=エーテルの生成ではないかと一部では推測されてます.
また,エーテルには魔術を成立させるという重要な役割があります.魔術とは,魔法と違ってできないことは起こせない.逆に言えば一般的な方法ではどんなに資金や時間がかかることであっても,可能であるならばそれは魔術の範疇です.
ここでようやくビーストⅠについて話すと,
以上がプロフィールなんですが,注目してもらいたいのがゲーティアが「正しい道理を,効率的に進めるシステム」であるという点.これあったら,第一魔法によって成立する魔術はいらなくないですか?
つまり,結果だけ見るならビーストⅠは第一魔法と同等の能力を持つといえます.
・第三魔法とビーストⅢ
第二魔法はいろいろとややこしいので分かりやすい第三から説明します.これはもうほぼ直接書かれていて,
これですね.もう言わなくてもいいと思いますが一応補足すると,第三魔法は「魂の物質化」で,肉体という枷に引きずられる魂を、それ単体で存続できるよう固定化するという魔法です.キアラのヘブンズホールは肉体から生じる欲を受け止めてくれるわけで,肉体があることによって生じる問題を解消してくれる(肉体からの解放)という本質は同じです.
よって,ビーストⅢは第三魔法と同等の能力を持つといえます.
・第二魔法とビーストⅡ
これが一番よく分からなかったですが,今はその関連性に割と自信を持ってます.
みんな大好きカレスコおじさん
そんなゼルレッチの第二魔法「並行世界の運営」ですが,能力は並行世界を行き来できるものの他に,時間旅行、記録の改竄、事象の改変などもこの魔法に含まれる可能性が高いとされています.(wikiで見ただけなので出典は覚えてないですが汗)
困るのはティアマトのプロフィール見てもそれっぽい能力がないんですよね.ただ彼女の権能である百獣母胎には万物の情報を操作して世界を書き換える能力があるとされ,これを活用した宝具C.C.C.も事象書き換えによるワールド・パージだと説明があります.単独顕現を持つ以上,時間旅行は既に全ビーストができるようなもの.であるなら,第二魔法とビーストⅡの能力の本質は事象の改変と考えられる.
よって,ビーストⅡは第二魔法と同等の能力を持つといえます.
ただ,第一と第三にあるような結果として人類にもたらされるメリットは不明.
余談ですが,extraのマテリアルにこんな記述があります.
聖杯戦争の舞台となった観測装置.
その電脳世界が海のイメージである理由.
生命の根底が争いだというなら,月の眼の根底は見守ることだ.
関係性は不明ですが,この海のイメージというのは,ティアマトを指しているような気がするんですよね.対してゼルレッチはフェイクにて
この軸は違うな……、この偏光線も全滅か……
おう、このカッティングはなかなか……いや、最悪だ。大蜘蛛めが目覚める。対応するには百年足りん
こんな感じで世界を観測してます.またここで,ムーンセルの改竄能力は過去に遡って現代を望んだ世界に変換できる程であり,厳密にはシミュレーションの中から望む未来に確実にいたれる方法を提示できるとされます.だからこそこの結晶体をある人物はこう名付けました.
運命を一覧する系統樹.
情報のみで物理法則を書き換えるまでに収束した光.
事象選択樹・アンジェリカケージと.
ゼルレッチ,ティアマト,ムーンセルの全てが,世界を観測し,改竄能力があって事象を選択できる.
これが偶然であると思いますか?信じるか信じないかはあなた次第です(ドヤ
以上が,ビーストはそれぞれ対応する魔法と同等の能力(権能)を持ってるという根拠であり,それが魔法と人類悪が関係あるんじゃないかと思った理由です.
第4からは皆さんで脳内補完するかFGO本編で確かめてくれって感じです.3つじゃ証拠不十分ですが3つしかろくに情報出てないんだから仕方ない.
こっからは(今までも)完全に妄想なんですが,関連性はあるとして,じゃあ魔法と対応する人類悪はどういう関係なのかという問題.
今回のをまとめてて思ったのは,どうやら人類悪は元々人類にとって必要な能力を持ってたらしいってこと.しかしそれに頼ったままでは人類はいつまでたっても成長しない.そこで人類悪と同等の能力を行使できる魔法があれば,人類だけでもやっていける.そうなれば人類悪は不要なものであるばかりか,人類の成長を阻害するものになるので倒さねばならない.
つまり対応する魔法の成立によって,人類愛は初めて人類悪になる.ということかなと予想しました.
そう考えると,SNで第三魔法を目指したはずの聖杯が,結果的にこの世全ての悪(第三魔法を成し得る可能性がある)を生みそうになったことの説明もつくんじゃないかと.魔法を成立させるなら,その役目を担ってきた人類悪を滅ぼす必要があるてことで.
今回の考察はここまでにします.色々とガバガバですがここまで読んでもらいありがとうございました.もしまたモチベーションがあったら考察記事書こうかなと思います.
メルトとキアラは弱いのか
「メルトとキアラは弱いよ,リップは優秀だけど」
最近TLとかまとめサイトとか見てると散見するこの意見.確かにリップはタゲ集中やら全体回復宝具持っててサブアタッカーとして強いと思うけど,他の2騎だってちゃんと考えれば弱くはないんじゃないの?そんな思いから生まれた記事です.(訳:俺が引いたメルトをこき下ろしてんじゃn)
ちょっと黙ってようか(憤怒)
①メルトリリス
スキル構成とかいちいち説明するのもあれなんで簡単に.
こんな感じです.叩かれがちなのがメルトウイルスで,宝具威力アップが据え置き20%で敵宝具威力ダウンが最大50%.fgo叩かれスキル四天王の1つである真名看破と似た効果なのがいけないんだろうか.あとはアルターエゴがクラス補正ないのと有利倍率が1.5で火力出ないのが主にいわれてる気がする.
個人的に思うのは,アルターエゴはクリティカル運用するものなんじゃないかって事.アルターエゴを使う以上,混成相手なのは当然とすると比較対象は狂か讐,つまりタニキか邪ンヌになる.そのうちクリティカルを犠牲にしたのが狂,有利倍率を犠牲にしたのが讐なのに対しアルターエゴはクリティカル運用することでいいとこ取りできるって考えるとなかなか強い.
ただ現状,高難易度がマーリン1択なのでその点で赤宝具勢に一歩劣る・・ただクリティカルできるんで狂と同程度ではある.Qサポートが充実してくればだいぶ評価変わってくるような気がします.今使うなら孔明とマーリンで挟んで高難易度ボスとタイマンが一番しっくりきそう.それ邪ンヌでよくね?うるせえ
結論:割と強い
そもそも邪ンヌと比較される時点で弱い訳ないよね.邪ンヌ超えあるとしたら敵が無敵貫通宝具めっちゃ使ってくるとかQサポーターが異常な性能してたときかと.もちろん普段の周回で素殴り要因としても使える.そうすると今度はタニキとの比較が始まるという.
②キアラ
スキル構成
NP50だワーイ(心を失った者並感)
周回で使えそう.宝具威力が弱いことが言われてますが第二スキル上げればそんなに気になんないんじゃないかと思います.まあそれが大変なんだけど.アルターエゴの特性上,4騎に対して有利を取れるのでNP50アップの全体宝具狂として使える.まあ考えるまでもなく有用ですね.
じゃあ何で弱い扱いなのかというと高難易度想定されてるから.ターンが長くなりがちな高難易度ではCTの長さが致命的って言うのは確かに一理ある.
キアラはいうなればヴラドみたいな使い方で高難易度でも通用すると思う.高難易度は単体大ボスとバレンタインチャレンジクエストみたいな2種類ありますがこの場合は後者で,玉藻孔明のアーツパ想定.女神変生のクリアップは1ターンですが,熱砂とかつけて恒常的にクリティカルさせても十分強い気がする.混成でメインアタッカーできるやつってそんなにいないし,ロゴスイーターとかも考慮して対複数サーヴァント戦で安定して戦えるのは大きい.
一番の問題は4騎混成の複数サーヴァント戦ってどんだけあんの?ってこと.
結論:周回で強い
周回で強い=fgoで強いといっても過言ではないので問題なし.
なんかどっちもフォローできてるんだかできてないんだかよく分からない感じになってしまった.ここでの結論は全て俺個人が思っていることなのであまり気にしないでください.